川邊暁美のショート・コラム

「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。

聞き手を引きつける三つのスキル

第8019号 2024年3月11日(月) [印刷用PDF

◆関心を持ってもらう話し方の工夫

 新年度から「部署が変わり、大勢の前で話をする機会が増える」「責任が重くなり、より相手の納得を引き出す話し方が求められる」という人もいるだろう。

 プレゼンテーションの3P(Purpose=目的、People=対象、Place=場所)を押さえ、文章力もあり、構成も論理的、声も明瞭で聞きやすい…。それなのに、話が聞き手の印象に残らず、流されてしまう人と、聞き手を引きつけ、共感や納得を引き出す人がいる。この違いは何か? それは、聞き手との間にブリッジを架けることを意識できているかどうかだ。

 聞き手に伝わってこそ、目的を果たせる。完璧な文章であっても、一方的な話し方では伝わらない。「ブリッジを架ける」とは、聞き手に関心を持ってもらい、聞き手を巻き込みながら、ゴールまで共に進んでいくことに注力した話し方の工夫のことだ。例えば次に挙げる三つのスキルがそうだ。

◆「展開していく力」と「言い換える力」

  まず求められるのは、「展開していく力」だ。項目から項目に移る際に「では次に2番目の…」「次は…」と淡々と羅列するのではなく、「今、ご説明してきた〇〇に関して、次に●●の観点から掘り下げてみましょう」「そして次にキーワードになるのは〇〇です。なぜなら…」のように、次の項目へのブリッジになる言葉を意識的に使い、期待感を持たせつつ、各項目の位置付けを整理しながらストーリーを展開させることで、聞き手を引きつけることができる。

  二つ目は「言い換える力」で、代表的なものとしては次の方法がある。一つは、「抽象的な表現を具体的に言い換え、理解度を上げる」ことだ。「抜本的な人口減対策の推進を検討」のような表現で終わるのではなく、「何を」「いつまでに」「どういう方法で」「どのレベルまで」と表現を具体化し、数字で示したり、「その結果、暮しの中で何がどう変わるのか」を身近な事例でイメージさせたりすることで、聞き手の理解を進める。

 「適切な引用で聞き手との共通基盤をつくる」ことがもう一つの方法で、高難度の専門的な話もキーワードや例え話でイメージ化して落とし込む。「〇〇とは一言で言うと…」と、本質を30秒程度の分かりやすいキーワードで表現したり、「雨で濡れた傘を回すとしずくが飛び散ります。それと同じ運動を利用した技術です」のように、イメージが容易な例を挙げて伝えることだ。

◆ポイントを伝え直す「要約する力」

  三つ目のスキルは「要約する力」で、これから話すこと、話してきたことのポイントをまとめて伝え直すことが大事になる。導入部で今から話すことを要約すると、注目ポイントがあらかじめ明確になり、聞き手はそれを念頭に置きながら聞くことで、主体的、能動的に参加することができる。また、締めくくりに、重要な点をまとめとして押さえ、「きょうの話を振り返ってみましょう。キーワードは三つありました」のように印象に残すことで話の定着度が高まる。

  より伝わる話し方が求められる立場になったら、話の内容だけではく、聞き手を置き去りにせず、巻き込んでいくための工夫にも力を入れ、話し方のステージを上げよう。

好感度の上がる新年のあいさつ を

第7972号 2024年1月4日(木)[印刷用PDF

◆第一声で場の空気を晴れやかに

 「何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し」(石川啄木)

 こんな心境で穏やかに新年を迎えられたら、希望が湧いてくる。
 賀詞交歓会や新年会のあいさつで最も大切なのは、新年にふさわしいものであること。ご参集の 方々と共に新年を祝い、一年に明るい希望を託す内容であれば十分だ。

 むしろ話し方に気をつけたい。昨年末はあちらでもこちらでも、言い訳どころか説明すら避ける政 治家の発言が見受けられ、説明責任を果たさない態度と歯切れの悪い話し方にうんざりした。

 年始の第一声は、明瞭でおおらかな声で、場の空気を晴れやかにしたいものだ。 

 ◆気負い過ぎは禁物

 そのためには、姿勢と呼吸を整えよう。立つときは足の裏の母指球(親指の膨らみの付け根)から土踏まず辺りに重心を置くと安定する。男性の場合は両足の間を拳二つ分程度開けて立ち、爪先を少し開くとスマートな印象になる。あがってしまったときは、かかとを上げてストンと落とす動きを軽く何度かすると「気」が下がり、身体の軸も整う。顎を引き、肩はいったん軽く持ち上げて、前から後ろに肩甲骨を動かしながら下ろすと、肩の力が抜け、胸が開き、背筋が伸びた見た目にも、呼吸・発声にも良い姿勢になる。

 こうしてさりげなく姿勢を整えたら、話し始める前に軽く息を吐き、鼻から吸うと深い腹式呼吸になり、声と気持ちが落ち着く。それから、ゆったりと笑顔で話し始めよう。

 「あけましておめでとうございます」。発声しやすい「あ」の音で始まるあいさつは明るく響き、新年をことほぐおおらかさが感じられる。この後、聴衆全体に視線を送り、少々間合いを取ってから内容に入ると良い。気負い過ぎるのは禁物。肩や顎、背中に力が入ると、声も固くなってしまう。 

 ◆ストーリーを語れる字を選ぶ

 今年の決意と希望を表す漢字でスピーチする方も多いと思う。漢字の選択は前向きで力強いものが好ましいが、昨年の世相を表す漢字「税」のように直接的過ぎるものより、ひとひねりした方が印象に残る。「自分を見つめ直したいから『自』」「挑戦したいから『挑』」ではなく、何のためにそうするのか、その結果どうなりたいのか、その先にある目標や夢にスポットを当てるのだ。

 「自分の目標である3年後の〇〇実現を目指して、今年はさまざまな挑戦を通して成長し、自分の軸を見極める年にしたいから『軸』」「周囲に惑わされず、自分を信じてまい進し、わが道を切り開きたいから『道』」のように、ストーリーを語れる字を選ぶことで説得力が増す。

 この漢字を使った例のように「本質をキーワード化して一言で伝えるスキル」は、人を引きつける話し方の鉄則であり、プレゼンなどでも効果的だ。

 2024年の干支(えと)は「甲辰(きのえたつ)」、成長や変化の目覚ましい年であるとか。岸田首相は丁寧に言葉を尽くそうとしているかもしれないが、ともすれば最も伝えたいことが明確に示されていないと感じる。今年は弁舌さわやかに、シンプルな言葉でズバリ本質を言い切る話し方に路線変更されてはいかがだろうか。

コロナ後のストレス管理 は呼吸から

第7926号 2023年10月30日(月) [印刷用PDF

◆自分のペースがつかめない

 「コロナが明けて」という表現を自然に耳にするようになった。5類感染症に移行したからといって、新年にカレンダーをめくるように「明けた」と断定的に表現してよいものか疑問だが、その言葉を使う気持ちはよく分かる。「収束」や「終息」が宣言されたわけではないが、折り合いをつけて暮らしていく新しいステージに入った。

 後戻りしない希望も込めての「明けた」なのだろう。 確かに見る間に街ににぎわいが戻り、仕事もオンラインからほぼ従来の対面スタイルとなり、イベントや会食の機会も復活した。ただ一方で筆者は自分のペースがなかなかつかめず、少なからずストレスを感じてきた。

◆呼吸の効果を実感

 そんなある朝、満員の通勤電車から降り、駅前の公園を横切ろうとした時に、ふっと息が楽になった。キンモクセイの香りを感じたのだ。改札を出る時にマスクを外したので、甘い香りがより鮮烈に鼻孔に届いたのだろう。香りをもっと味わおうと鼻からの呼吸を繰り返すと肩の力が抜けていくのが分かり、何度か深く呼吸をした後は気分が落ち着いていた。

 筆者は長年、ボイストレーニングや緊張対策として、声と心を安定させる腹式呼吸を指導してきた。呼吸がもたらす心身の変化をより深く知るために「マインドフルネス」についても学んだのだが、この朝、図らずも呼吸の効果を改めて実感することになった。

 「マインドフルネス」は禅の瞑想(めいそう)が欧米に伝わり、宗教的要素をなくし、科学的根拠に基づくメソッドとして再構築されたものだ。「マインドフルネス」では意識的に深い呼吸を行うことで、脳を「今、この瞬間の体験だけに意識を向けている(マインドフル)状態」にする「マインドフルネス呼吸法」が実践されている。不安やストレスを低減させるとともに、集中力や洞察力を高め、仕事のパフォーマンスを向上させる効果がある。

◆大切なのは「吐く息に集中すること」

 この呼吸法はいつでも気がついた時に実践できる。簡単な方法をご紹介しよう。背筋を伸ばして座る。手のひらを上にして膝の上に置くと肩の力が抜けやすい。目を閉じると眠くなるので半眼がお勧めだ。鼻からゆったりと息を吸い、丹田(おへそから指4本分下辺り)に落とし込むように深く体に取り入れる。下腹部が吸った息で膨らむのを感じる。吐く時は出ていく息を鼻や口で感じながらお腹をへこませて吐き切る。ただこれだけだ。大切なのは「吐く息に意識を向け、今、ここに集中すること」。息を吐く度に「一、二」と数えると集中しやすい。

 一定のリズムを刻もうと息の量をコントロールする必要はなく、深い呼吸と浅い呼吸が入り混じっていても構わない。最初は1分間でも呼吸だけに集中することは難しい。「周囲の音で気が散る」「気になる仕事のことが浮かんでくる」「眠くなる」など、意識が呼吸からそれたことに気づいたら、また呼吸に意識を戻して数を数え直せばよい。

  通勤電車で座れた際などに、降車駅までスマホを見る代わりに呼吸を数えてみてはいかがだろう。呼吸は船の「錨(いかり)」のようなものだ。あちこちに思考がさまようのを、今、この瞬間にとどめてくれる。職場に着いて仕事に取りかかる時には頭がすっきりして、するべきことに集中できているはずだ。


<バックナンバー>

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第7752号 2023.3.14 女性リーダー育成のために
第7709号 2023.1.23 阪神淡路大震災、語り継ぐ使命感
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第7537号 2022.6.9 草木から色が出るように
第7499号 2022.4.18 性別による無意識の思い込み
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第7033号 2020.7.30 心に響かない伝え方
第6981号 2020.5.22 オンライン映えする話し方
第6936号 2020.3.18 パニックを抑えたリー首相のメッセージ
第6886号 2020.1.9 安倍首相の話しぶり、5年前と比べると
第6841号 2019.11.5 クレーマーはこうしてつくられる
第6784号 2019.8.19 笑顔のシンデレラに学ぶプロ意識
第6690号 2019.4.15 聴衆を惹きつけて離さないために
第6734号 2019.6.12 トランプ大統領の「Reiwa」スピーチ
第6642号 2019.2.7 違和感満載の言い回し
第6586号 2018.11.14 高齢者に聞き取ってもらうには
第6535号 2018.9.6 「ハラスメント」と言われないために
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第6388号 2018.2.14 肝心なのはコミュニケーション力
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