川邊暁美のショート・コラム

「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。

羽生結弦が発した言葉

第7583号  2022年8月4日(木)[印刷用PDF

◆「有言実行」のイメージ

 言葉は自分を突き動かす原動力になるが、時に自身を追い込むこともある。この人の言葉を聞くたびに気に掛かっていた。2014年ソチ、18年平昌の冬季五輪の金メダリストで、実力・人気ともにフィギュアスケート界をけん引してきた羽生結弦選手。

 先日の記者会見での「これからはプロのアスリートとしてスケートを続けることを決意した」という言葉には、「引退」ではなく、活躍のステージを変え、さらなる高みを目指してスタートを切る、という覚悟が感じられ、彼らしい言葉だと感じた。

 「有言実行」の人というイメージがある。東日本大震災で被災した故郷・宮城県に希望と勇気をもたらす使命を自らに課し、次々に金字塔を打ち立てるたびに、地元で応援してくれる人をはじめ、世界中のファンや自分を支えてくれる人への感謝の言葉を常に口にしていた。

  男子フィギュアの歴史を塗り変えていく活躍の一方で、けがや故障にたびたび悩まされてきた。平昌五輪では右足首の故障を乗り越え、2大会連続の金メダルに輝き、23歳で個人としては最年少で国民栄誉賞も受賞したが、満身創痍(そうい)で臨んだ北京五輪では、こだわり続けてきたクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)が決められず4位。これが最後の競技となった。

◆「自分で自分を追い込んだ」

 彼が発する言葉は、常に注目されてきた。「絶対王者だと自分に言い聞かせた」「自分で自分を追い込んだ。重圧と戦った」「誰からも追随されないような羽生結弦になりたい」「モチベーションは4回転半成功だけ」「負けは死と同然」―など、負けん気の強さと責任感から来るのか、力強くいちずな言葉がメディアをにぎわしてきた。

 が、いつの頃からか、どこか痛々しさを感じていた。その言葉が彼自身を追い込んではいないか、そこまで背負わなくても良いのではないのか、と。

  特に4回転半に固執する言動を見るにつけ、けがをするリスクも大きく、成功する確率が高くない大技は回避して、金メダルでなくても完成度の高い演技を見せてほしいと思った。

◆少年時代からの夢

 迎えた北京五輪。フリーに先立つショートプログラムでの失敗を振り返って「氷に嫌われちゃったかな」とのコメントは意外だった。失敗があっても、淡々とその原因も修正の仕方も分かっているというコメントをしてきたのが羽生選手だったが、このときはどうにもコントロールできない状態であったのだろう。フリーが終わった後、「すべて出し切った。報われない努力だったかもしれないけど」と声を震わせた姿に、「もう荷物を降ろして楽になってほしい」と思わないではいられなかった。

 だが、今回の会見報道の中で「4回転半は少年時代からの夢」と知り、メダルではなく、夢を追っていたのだと合点がいった。スケートが楽しくて、新しい技を覚えては次の技に挑戦してきた少年の頃からの夢が「4回転半ジャンプを飛ぶこと」。だから、リスクを冒しても追い続けてきたし、プロになっても「アスリート」だから挑戦し続けるのだ。大リーグで活躍する大谷翔平選手とは同学年の27歳。プロとしての羽生結弦さんにはスケート少年の気持ちに戻って、伸び伸びと挑戦を続け、スケートの神様に愛される姿をこれからも見せてほしい。

草木から色が出るように

第7537号  2022年6月9日(木)[印刷用PDF

◆ちまたにあふれる言葉

 参議院選挙が近づいてきた。選挙戦中は各候補者から何となく耳に心地よい言葉が大量に発せられることだろう。
 政治家の言葉に限ったことではないが、ちまたにあふれる言葉に接するとき、その意味するところは理解できても、何だか空々しく聞こえたり、違和感を覚えたりすることがある。例えば、よく使われる「寄り添う」「思いを受け止める」「共に歩む」などは、一見、共感性の高い言葉のようだが、実感、実態が伴っていないと「上から目線」の言い方だと感じてしまう。
 少し前のことになるが、国指定伝統的工芸品・信州紬(つむぎ)の一つである「上田紬」の染織作家・小山憲市さんの話を聞く機会があった。この時の話を時折、思い返している。

◆一期一会の色

 筆者が特に印象に残ったのは、糸を染める工程だ。草木染めとは、紅花や藍のように花や葉を使って染めることだと早合点していたが、花や葉だけではなく、梅は枝、茜は根、クルミは果皮、栗はイガ…と植物によって使う部分は違うそうだ。色素が濃く出る部分が植物によって違うということだろう。また、同じ植物でも個体や季節によって出る色が違い、同じ方法で作っても同じ色には二度と出会えない。
 さらに、この天然の染液を鉄分と結合させる媒染を経て色が定着するのだが、鉄や銅、アルミ、錫(スズ)など、何と掛け合わせるかで引き出される色が変わり、無限の色が生まれるのだという。途方もない手間暇と自然の力で生み出される一期一会の色。一定した色を大量に作ることのできる化学染料と何という違いか。

◆内から湧き出る言葉

 この草木から出る色を、人が発する言葉と考えてみたらどうだろう。
 常に表に出している言葉も大切だが、樹皮や根から内に秘めた色が出るように、その人の普段は見えない、深い部分から湧き出てくる言葉もあるはずだ。借り物ではない、人間性や本質を表す、意味のこもった言葉であり、その日、その時の自分を最も表わす言葉だと言えよう。
 そして、それを受け取る相手を鉄や銅などの媒染素材に置き換えてみるとしよう。その言葉をどのように受け取り、反応するかで、最終的に定着する色は変わってくる。言葉を受け取った側の力も加わって、より鮮やかに、あるいは、より澄んだ色になるのか、それとも全く思いも寄らない色が新たに生まれるのか、くすんでしまうのか。
 発する側が自分本来の言葉を用いるとともに、受け取る側がそれをどう感じ、動くかで展開は変わってくる。ここまで草木染めになぞらえてコミュニケーションの話をしてきたつもりだが、言葉に注意深く耳を傾けて、行動するという姿勢は、政治との関わりにも言えることかもしれない。化学染料のような代わり映えがしない大量消費の言葉は、何度聞かされても心に響かず、受け取りようがない。

性別による無意識の思い込み

第7499号  2022年4月18日(月)[印刷用PDF

◆社内研修画像の違和感

 先日、ある企業のコミュニケーション研修に登壇することになり、「職場でのコミュニケーション」をイメージしたフリー素材画像を使って社内サイトで告知してくれたのだが、その画像に違和感を覚えた。男性上司が中央で話をして、周囲を取り巻く若い女性社員たちが笑顔で聞いているという写真だ。
 校正の段階で「研修趣旨を踏まえて男女が対等に話をしている画像に差し替えてほしい」と伝えたが、「ありません」との返答。自分でも探してみたが、確かにビジネスシーンで発言、プレゼンテーションしているのはいずれも男性で、女性は聞き手、もしくは指導を受けているような画像ばかりだった。
 担当者は「これまでそういう視点で考えたことはない。指摘もない。気にする必要はない」と言う。しかし、これでは職場でのコミュニケーションを円滑にするためには、女性はただ笑顔で従っていればよいというメッセージを無意識に発しているのではないか。結局、研修内容は文章でカバーした。

◆男女格差、日本は120位

 スイスに拠点を置くシンクタンク「世界経済フォーラム」が2021年3月に公表した「ジェンダーギャップ指数」によると、日本は156カ国中120位で先進7か国(G7)の中では最下位。これは、政治、健康、教育、経済各分野の男女格差を示すもので、中でも政治、経済分野は著しくスコアが低い。
 18年に「政治分野における男女共同参画推進法」が成立し、政党が男女の候補者を均等にする努力義務が課せられたが、実際の候補者数は均等とは言えず、衆院議員に占める女性の割合はいまだ9.7%(21年)。「指導的地位(国会議員や企業の管理職等)に占める女性の割合を20年までに30%程度に上昇させる」という目標も、達成年限が「20年代の早期達成」へ修正されるなど、ジェンダー平等への道のりは険しい。

◆ランドセルの色も自由に

 法律や制度が整っても男女格差の是正が進まないのはなぜなのか。内閣府が21年9月に発表した「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)」の調査結果によると、男女ともに「女性には女性らしい感性がある」「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」「女性は感情的になりやすい」「育児期間中の女性は重要な仕事を担当すべきではない」「共働きでも男性は家庭よりも仕事を優先すべきだ」「家事・育児は女性がするべきだ」などが上位を占めたそうだ。
 日頃、何気なく周囲やメディアを通じて見聞きしているものから、こういった無意識の思い込みを積み上げているとしたら、その連鎖を断ち切るのは容易ではない。
 そんな中、新聞で読んだ「ランドセルも自分らしく」のニュース。性別で色を分けない「ジェンダーレス」なランドセルが注目を集めているという。これまでの男の子が赤を選んでも親や祖父母が反対する、という流れが変わり、「男らしく女らしく、ではなく、自分の子どもには個性を大事にしてほしいと願っている世代が親になったから」だとか。
 赤のおもちゃを選んだ甥(おい)が彼の祖父に「女の色を選ぶな」と却下され、大泣きしたのは約20年前。ようやくここまで来たか。思い思いの色のランドセルを軽やかに踊らせている子どもたちの背中に、無意識の思い込みから自由になる翼が生えているように見えた。

「ウィズコロナ」でどう伝えるか

第7456号  2022年2月18日(金) [印刷用PDF

◆まず、アイ・コンタクト

 「不織布マスクを二重に着けた上にフェイスシールドを装着して、患者対応をしているが、伝わりにくさを感じている。どのようにすれば伝わりやすくなるか」。先日、がん専門病院で働く医療従事者の方から相談を受けた。新型コロナウイルス感染拡大の大変な状況下で心を砕いていることに頭が下がる。

 伝わりやすさを左右する3要素は「声・話し方」「話の内容」「表情・姿勢」であるが、マスクをしていると、声がくぐもりやすく、また、顔の半分を覆っているため、口元の動きで話を推測することができない。フェイスシールドをしていると目の表情が見えにくいこともあるだろう。

 マスクやフェイスシールドなどをしてコミュニケーションする際の注意点としては、まず、「アイ・コンタクトを意識する」。伝える相手と目を合わせることで、「今からあなたに話しますよ」というメッセージを受け止めてもらい、相手に聴く姿勢と心構えになってもらうことがスタート地点だ。

◆鼻呼吸、ゆっくり、はっきり話す

 そして、話すときには、「鼻から呼吸をする」。口呼吸だと息を吸う度にマスクが唇に触れて口の動きがもたつきがちだが、鼻から息を吸うと、横隔膜をしっかりと使う腹式呼吸になり、一度に多くの息を取り込むことができる。口元だけの浅い呼吸でマスクが口の動きを妨げるのを防ぐと同時に、深い呼吸で声が力強くなり、マスクの外に響きやすくなる。

  さらに、話す際には「ゆっくり、はっきりと話す」。相手の反応を確認しながら話し始め、普段より口を縦に大きめに開け、唇ではなく、舌を動かすことで、発音の明瞭度アップを図ろう。

 「話の内容」をわかりやすく整理するために 「話にテーマと項目を立てる」ことも必要だ。一文をダラダラと長くせず、「きょうは〇〇という検査についてご説明します」「注意点を今から三つ申し上げます」というように、何について話すのか、何点話すのかを示し、「〇〇について、1点目の注意を申し上げました。~ということでした。ここまではよろしいですか」と項目ごとに要点をまとめ直して伝え、質問の有無を確認する。

◆気を付けたい語尾

 また、説明時には、言葉を音として聞きやすく、日常的な表現に言い換えたり、重要な情報は特にゆっくり話して言葉を繰り返したりするなどメリハリをつけること。ジェスチャーをプラスするのも、伝わりやすさを高めるために効果的だ。

  安心感・信頼感を持ってもらうために気を付けたいのは語尾の言い回し。曖昧な言い回しは不安を与えるので避けたい。岸田文雄首相がよく使う「しっかり進めていきたいと考えております」「適切に対応していきたいと考えております」「検討していきたいと考えております」のような言い回しは、丁寧だが他人事のような響きがあり、無責任な印象を持たれることも。「~のために~をしていきます」と、「言い切る」語尾表現だと相手を惑わせず、説得力も加わる。

 ここまで、医療現場等でマスク着用時の注意点として挙げてきたが、以上のことは、マスクを着けていても着けていなくても、オンラインでも対面でも同様だ。コロナと共存する「ウィズコロナ」の時代、様々な状況で「伝わる」コミュニケーションを改めて心掛け、実践してほしいと思う。


<バックナンバー>

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第7412号 2021.12.20 岸田首相の話し方に思う
第7373号 2021.10.26 声を磨く朗読の勧め
第7326号 2021.8.31 逆境から立ち直る力
第7285号 2021.7.8 WEB面接、採用担当は万全か
第7244号 2021.5.17 違和感が心に刺さる
第7202号 2021.3.18 言葉は澄んでいるか
第7161号 2021.1.28 リモート授業の忘れ物
第7117号 2020.11.19 見事!カマラ・ハリス氏のスピーチ
第7077号 2020.9.28 菅首相のキャラと話し方
第7033号 2020.7.30 心に響かない伝え方
第6981号 2020.5.22 オンライン映えする話し方
第6936号 2020.3.18 パニックを抑えたリー首相のメッセージ
第6886号 2020.1.9 安倍首相の話しぶり、5年前と比べると
第6841号 2019.11.5 クレーマーはこうしてつくられる
第6784号 2019.8.19 笑顔のシンデレラに学ぶプロ意識
第6690号 2019.4.15 聴衆を惹きつけて離さないために
第6734号 2019.6.12 トランプ大統領の「Reiwa」スピーチ
第6642号 2019.2.7 違和感満載の言い回し
第6586号 2018.11.14 高齢者に聞き取ってもらうには
第6535号 2018.9.6 「ハラスメント」と言われないために
第6483号 2018.6.28 女性活躍へ話し方改革を
第6432号 2018.4.18 ザッカーバーグの謝罪に見るスピーチ力
第6388号 2018.2.14 肝心なのはコミュニケーション力
第6352号 2017.12.18 共感を呼ぶ言葉、反発を呼ぶ言葉

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