「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。
解きほぐして伝える
第8401号 2025年9月12日(金) [印刷用PDF]
◆「心に響く」とは
先日、仏教のある宗派の研修会に招かれ、2日間にわたって法話の指導を行う機会があった。「声・話し方」「話の内容」「表情・姿勢」という三つの観点からアドバイスを行ったのだが、相手の心を動かし、導くことを目的とした法話は、究極のプレゼンテーションだと感じた。
目指すのは「相手の心に響く法話」。「心に響く」とは、相手がその話を理解・納得して自分の中に落とし込み、明日からそれを実行していこうという気になり、その背中を押して導く力となることだ。
そのために、声を効果的に使えているか、発音は明瞭か、話す速さは適切か、内容は正しいだけでなく、一般人にも分かりやすいよう、話の構成、展開の工夫がされているか、具体的で伝わりやすい言葉に言い換えているか、視線や表情、ジェスチャーは、などなど細かくチェックを行った。特に内容については、仏教の教義など全く門外漢の立場で関わったことで、率直に分からないところを分からない、と指摘することができ、踏み込んだフィードバックをすることができた。
◆五つのプロセス
そのポイントを専門的な話を解きほぐして説明する際の五つのプロセスとして以下にまとめた。
仏教用語を例に挙げているが、ビジネスでの専門用語やキーワードを専門外の人に理解してもらいたいときの参考にしていただけたら、と思う。
「忘己利他(もうこりた)は、己(おのれ)を忘れて他を利するは慈悲の極みである、という伝教大師の言葉から来ています」(第1段階:言葉の説明)、「自分のことを後にして、まず人に喜んでいただくことをする、それは仏様の行いで、そこに幸せがあるのだ、ということです」 (第2段階:やさしい言葉への言い換え)、「つまり、忘己利他は自分の都合や損得勘定を離れて、相手の立場になってものごとを見、行動していくことを言います」(第3段階:意味の説明)、「マザー・テレサにこんな逸話があります・・・」「これは私の体験ですが・・・」(第4段階:具体例や例え話、実体験を話す)。
こうして専門用語をほぐしていき、最後の第5段階で「私たちも仕事において自分のことよりもまず相手を思いやる気持ちを持つ、例えば取引先と・・・」のように実践につなげるための行動例を示す。
そのことで得られるもの、例えば「こういうことを日々積み重ねていけば私たちの心はどれほど豊かになるでしょう。そして周囲との信頼関係も・・・」など示すことができればより腑に落ちやすいだろう。
◆心と言葉の感性に磨きを
プロセスの中で最も難しいのは第4段階だ。本質を正しく深く自分が理解していなければ適切な具体例や例え話を示すことはできない。対象に合わせてより共感を得られる話を選ぶことも大切だ。
どんなに有意義な話でも、相手がそれを自分事として捉え、行動に結び付けることができなければ、相手の心に響いたことにはならない。これぐらい分かっているだろうと思わず、相手に合わせて丁寧にプロセスを踏んでいくことだ。
そのために不可欠なのは自分自身が豊かな話の引き出しを持っていることだ。心と言葉の感性に日々磨きをかけることを忘れてはいけない。
自分の声に耳を澄ます
第 8354号 2025年7月8日(金) [印刷用PDF]
◆メディアの役割に期待
20日投開票の参院選で、各党・各陣営はこれまで以上に本腰を入れてSNSを使った情報発信に取り組んでいるようだ。一方で、報道機関が取り組むファクトチェックがどのように機能するのかにも注目が集まる。昨年の兵庫県知事選ではSNSや動画サイトが有権者の投票行動に大きな影響を与えたが、膨大な真偽不明の情報を前に「何を信じれば良いのかわからない」「マスコミは知りたいことを報道してくれない」、そんな戸惑いや不満をよく耳にした。読売新聞社や時事通信社など複数の報道機関は連携して、公正な選挙に影響を及ぼす懸念のあるネット上の真偽不明の情報を「正確」「ほぼ正確」「根拠不明」「不正確」「誤り」の5段階に分類し、必要に応じ、根拠を示した上で公表するということだ。短期間の選挙戦では迅速な対応が求められる。公正なメディアの果たす役割に期待したい。
◆本能的な感度が大切
言うまでもなく、情報社会を生きる私たち自身が情報の信頼性を見極める力を持つことは不可欠だ。ただ、情報リテラシーのスキル以前に、筆者は本能的な感度も大切だと考えている。「この話はうのみにしてはいけない気がする」という、自分の中にある警戒信号をなおざりにしないことだ。しかし、今、その感度が鈍っていっていると感じる。
インパクトのあるタイトルで発信される情報が常に目に耳に入ってくるのに疲弊する一方で、次々と繰り出される刺激的な情報を浴びて、感覚が麻痺していく空恐ろしさがある。
自分自身の感度、感性を失わないために、自分の声に敏感になることを勧めたい。声は自分自身。心と身体の状態があらわれる。あなたの声は今、自分の耳に心地よく響いているだろうか。呼吸が浅く、息苦しい声になっていないだろうか。緊張や不安で硬い声になっていないだろうか。自分の声に向き合うことは自分自身に向き合うことだ。
◆「自分自身の声を獲得する」
プレゼンテーションの指導をする際にも「自分自身の声を獲得する」ことを最初の目標に掲げている。何を語るか、即ち、言葉は重要だ。しかし、何を語っているかより、どんな声で語っているかの方が、速く深く、潜在意識に届き、感情を動かす。そして、声は伝えたい相手に対してだけでなく、自分自身に大きな影響を与える。最も頻繁に聴く声は自分自身の声だからだ。それがのびやかで心身に無理のない、本来の自分としっくり合った声であったなら、その声に乗せて発する言葉は偽りのないあなた自身の言葉として相手に伝わるだろう。
自分の思いがきちんと相手に伝わった、という実感が自己肯定感を高め、自分らしい人生を生きる力になる。肩の力を抜いて少し胸を開くようにして背筋を伸ばすと呼吸が楽になる。顎を引き、眉を上げて目を見開くようにすると声が明るくなる。自分の声に耳を澄まそう。丁寧に自分自身に語りかけるつもりで声を受け止めよう。自分の声に敏感になることが、世間に溢れている声と声に乗せられた言葉の真偽を感じ取る一助になると思う。
ハラスメントにならない指導法
第 8307号 2025年5月1日(金) [印刷用PDF]
パワーハラスメント(パワハラ)やセクシャルハラスメント(セクハラ)、カスタマーハラスメント(カスハラ)の対策を怠った、あるいは誤った企業の対応が表沙汰になるたびに、社会のハラスメントに対する意識が鋭敏になっているのをひしひしと感じる。「自分たちの若手時代にはよくあることだった」「ちょっと前までは許容範囲だった」では済まされない。今やハラスメント対策は組織のリスクマネジメントの最重要項目と言える。
◆ベテランほど変えない接し方
筆者が依頼される研修でも、ハラスメント意識の醸成に向け、「人権に配慮した伝え方、接し方などを習得できる内容を話してほしい」いうリクエストが増えてきた。
先日、公的な生涯学習機関の講師を対象に「ハラスメント研修」として、講師と受講者の信頼関係を築くための伝え方、寄り添い方に関する研修を行った。アカデミックハラスメント(アカハラ)は、指導者側に学生に単位を与える、就職をあっせんするなどの権限があることに起因する。 大学・大学院や研究機関などで発生するというイメージがあるが、地域の生涯学習の場においても、講義中に受講者の人格をおとしめる言動があったり、公平な指導を行わず、激しく叱責したりする不適切な指導が原因で辞めていく受講者もいるとのことであった。
講師の年齢層は幅広く、40代から70代後半、中学、高校や大学の教員出身者も多く、ベテランの講師ほど「教員時代はこれでよかった」と、自分なりの教え方や受講者への接し方を変えないのが原因らしい。ハラスメントが起きる土壌に共通する問題点だ。
◆人格否定発言は厳禁
まず伝えたのは、受講者のニーズを正確に把握することだ。事前のアンケート結果から浮かび上がったのは、「交流を楽しみながら、学びを通して自己実現を図り、人生を有意義に過ごしたい」 という受講者像だった。つまり高い知識を得る、上達するのが最優先ではなく、楽しく学びたい人たちを前提にした教え方が求められる。受講者の年齢や経験にもバラつきがあり、個々に寄り添う指導も必要だ。もちろん初心者に対しても、今それができないというだけで全人格を否定するような言い方は厳にすべきではない。
◆「承認」「助言」「期待と励まし」の3ステップで
研修では筆者の失敗談も事例として話した。朗読講座で、ある受講者に同じ箇所を何度か読み直してもらった。筆者としては「成長した実感が自分でも得られたはず」と満足していたのだが、後で「何度も駄目出しされて恥ずかしかった」と自信を失っている様子を見て、猛省した。
そこから学んだ指導法は ①できているところを認め、伝える②次のステップに到達するための工夫を伝える③工夫をすることでどうなれるかを伝え、励ます―の3点だ。
具体的にはこんな感じだ。「声がよく出るようになりましたね。発音も明瞭です」「基本ができてきたので、もう少し語尾の落とし方を工夫してみましょう」「語尾を低くゆっくり、高めに早くと変化をつけると表現の幅が広がります。もうその段階まできています。もう一度読んでいただけますか」
つまり、①承認②助言③期待と励まし―の3ステップだ。職場で部下を指導すべきシーンで、「パワハラと言われるのでは…」となかなか踏み出せない人も多いのでは。ぜひ参考にしていただければと思う。
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